敷金・賃料・原状回復は、どこへ消えるのか
賃借人が物件を買い取る場合、もっとも論点になりやすいのが「既存の賃貸借契約の終了処理」です。これは見落としやすい論点ですが、後日のトラブルにつながりやすい部分です。
第一に、敷金の取扱いです。賃貸借契約は所有権移転と同時に終了するのが通常ですが、敷金については売買代金から精算するのか、別途返還を受けるのかを契約書で明確にしておく必要があります。「売買代金に含めて相殺」する形にする場合は、その旨を契約条項に明記しないと、後日「返してもらっていない」「いや差し引いた」というやり取りになりかねません。
第二に、賃料の日割り精算です。引渡し日の前日までは賃料、引渡し日以降は所有者として固定資産税相当額を負担する、という線引きを誰がいつまでに行うのか、書面で確定させておくことが大切です。
第三に、原状回復義務です。本来、賃貸借契約が終了する際には原状回復が問題になりますが、自分が買い取って住み続ける場合には実際の復旧作業は不要となります。とはいえ、契約上の原状回復義務が「免除されたこと」を明文化しておかないと、後日大家側の相続人が登場した場合などに「契約上は復旧義務があったはず」と蒸し返されるおそれがあります。
「現状有姿」の一言が、想定外の出費を生む
賃借人による買取で多く採用されるのが「現状有姿(げんじょうゆうし)売買」という形式です。これは「いま見えている状態のまま引き渡す」という意味で、売主側が後日の不具合修繕責任を負わない、または極めて限定的にしか負わないという内容になります。
「もう何年も住んでいるから状態は把握している」と思って現状有姿を受け入れる方が多いのですが、ここに大きな落とし穴があります。賃貸期間中、設備の不具合は大家が修繕してくださっていたため、入居者は「壊れたら直してもらえる」前提で生活していたはずです。ところが、所有者になった瞬間から、給湯器、エアコン、給排水管、屋根、外壁、シロアリ対策、すべてご自身の負担に切り替わります。
執筆時点の民法では、売買において売主が一定範囲で「契約不適合責任」を負うのが原則ですが、現状有姿売買では特約でこの責任を免除または制限することが一般的です(具体的な範囲は契約条項により異なりますので、必ず個別にご確認ください)。当事務所では、契約前に建物状況調査(インスペクション)を提案させていただくか、少なくとも給排水管・屋根・主要設備の年式と更新履歴を書面で大家から取り寄せるようお勧めしています。
重要事項説明と税務の盲点
賃借人が買取をする場合でも、売主側が宅建業者であれば重要事項説明が必要となります。一方、大家さんが個人の場合は、法的な重要事項説明義務が発生しないケースもありますが、当事務所では「個人売買だからこそ、書面で重要事項を整理する」ことを強くお勧めしています。境界、私道、越境物、用途地域、市街化区域・調整区域の別、ハザードマップ上の位置――これらは住んでいるだけでは見えない情報で、後の売却や相続にも影響します。
また、税務面では次のような論点があります(具体的な税額は個別事情で異なるため、税理士へのご確認をお願いいたします)。
相場より著しく低い価格での買取の場合、差額が買主への「みなし贈与」と評価される可能性があります。
一定の要件を満たす中古住宅の取得では、登録免許税の軽減や不動産取得税の軽減措置の対象となる場合があります。
住宅ローン控除の適用には、築年数、耐震基準適合証明書、床面積など複数の要件があり、賃貸物件をそのまま買い取る場合にも漏れなく確認が必要です。